テヅルモヅル……まるで物語の中に登場する妖怪か怪獣のような名前ですが、その正体は海洋生物です。
しかし、どんな怪獣よりも恐ろしいその姿は、見るものを恐怖のどん底に突き落とすといっても過言ではありません。
アメリカを代表するホラー作家のひとり、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトは、自身が抱く海産物への病的な恐怖を根源として、かの有名なクトゥルフ神話体系を作り上げました。
テヅルモヅルの奇怪な姿は、そんなラブクラフトの恐怖心を裏付けているかのようにも感じられます。
今回は、謎に満ちたテヅルモヅルの生態をみなさんにご紹介していきます。
テヅルモヅルってどんな生き物?
テヅルモヅルは漢字で「手蔓藻蔓」または「手蔓縺」と表します。
字面からも容易にイメージできるとおり、藻のような蔓が縺れるように絡み合った姿をしています。
テヅルモヅルは、ツルクモヒトデ目に属する種の中で、分岐を繰り返す腕を有する生き物の総称です。
ヒトデというと5本の腕を持っている印象が強いと思いますが、テヅルモヅルは5本の腕が枝状に分岐を繰り返すことで、このようなたくさんの触手を形作っています。
無数の触手が蠢く様は、まさに悪夢……。
どんな映画に出てくる怪物やエイリアンよりも恐ろしいと感じるのは、わたしだけではないでしょう。
ちなみにテヅルモヅルは英語で「Basket Fish」と呼ばれています。
たくさんの触手がカゴの網目のように見えるからでしょうか……日本語名に比べるとなんともシンプルで面白みのないネーミングだと感じてしまうのは、やはり「テヅルモヅル」という名前のインパクトが大きすぎるせいでしょう。
テヅルモヅルの生態
テヅルモヅルは主に1,000mまでの深海に生息しています。
世界各地の海域に広く分布しており、ここ日本でも少なからず発見例が報告されています。
何百本にも及ぶ触手で、海中に漂う「デトリタス」と呼ばれる生物の遺体の破片や排泄物などを絡め取って捕食する、いわば「海の掃除屋」です。
この触手は非常に脆く、衝撃を受けただけでぼろぼろと壊れてしまいます。
テヅルモヅルの生態の研究は始まって日が浅く、生態の多くは未だ大きな謎に包まれています。
茨城大学理学部生物科学コースの岡西政典助教が、国内唯一のテヅルモヅル研究者として日夜研究に励んでいらっしゃるとのことです。
テヅルモヅルと人間との関わり
主に海底に生息しているテヅルモヅルは、漁師の底引き網にかかることも珍しくありません。
テヅルモヅルは引き上げられると触手が互いに絡み合うという習性があります。
無数の触手が底引き網に絡みつき、また前述したように触手がぼろぼろと簡単に壊れてしまうため、網から取り除くのに大きな手間がかかるとして漁師の間では忌み嫌われている存在だといえます。
テヅルモヅルの分類
前述したように、テヅルモヅルとはツルクモヒトデ目に属する種の中で、腕が分岐を繰り返す生き物の総称です。
ツルクモヒトデ目の下には、キヌガサモヅル科、タコクモヒトデ科、ユウレイモヅル科、テヅルモヅル科があります。
ツルクモヒトデ目に属する生き物は、現在200近い種が確認されていますが、その中でテヅルモヅルと呼ばれるものは、シゲトウモヅルやサメハダテヅルモヅル、サキワレテヅルモヅルやトゲオキテヅルモヅルなど60種程度にすぎません。
しかし、いまだ十分な系統分類がなされていないため、1種だと考えられていた生き物が実は2種以上に分類される可能性などもあり、研究の余地が大きな分野でもあります。
岡西政典氏はテヅルモヅルの研究日誌を東海大学出版部より上梓していますので、興味がある方は一読してみては如何でしょうか。
(ライター:國谷正明)