スズメバチは、言わずと知れたハチの中でも最強最悪の習性を持ち、唸りを上げて集団で追いかけてきて、その毒針で容赦なく敵をブスブス刺す恐ろしい昆虫です。
一般にスズメバチといった場合、ハチ目(膜翅目)スズメバチ科スズメバチ亜科に属する種を総称していうのですが、特にオオスズメバチを単独の代表種として扱ってそう呼んだり、オオスズメバチとキイロスズメバチの主要2種を合わせて、我々日本人にとって、もっとも危険なハチの代表種として呼ぶこともあります。
スズメバチは全世界にいる!
ハチ目(膜翅目)スズメバチ科の昆虫は、スズメバチ亜科とアシナガバチ亜科に分けられます。
スズメバチ亜科には4属67種がいますが、日本にはスズメバチ属、クロスズメバチ属、ホオナガスズメバチ属の3属16種(24亜種)が生息しています。
スズメバチは、現在ではほぼ全世界に広く分布していますが、元々オーストラリア大陸と南米大陸にはいませんでした。
それがヒトの手により侵入して繁殖してしまったようです。
スズメのようなハチ!?
スズメバチという名の由来には諸説ありますが、「スズメほどもある巨大なハチ」(実際にそのような大きさではありません)から名付けられたという説が有力です。
その他に、巣の模様がスズメの体色によく似ていることからという説や、眼が鈴のように大きい「鈴目」説などもあるようです。
ちなみに中国では「胡蜂」で、「胡」は中国から見た北方、西方にある外国を指します。
スズメバチの基本習性を知ろう!
スズメバチ亜科の属するスズメバチ類は、ハチの中でも大型の種が多く、おおむね高い攻撃性を持っています。
基本的な習性として、1匹の女王バチを中心とした社会(巣)を形成します。
そのなかで個体の行動は巣と社会(群れ)に完全に依存しており、それを防衛することと、幼虫の育成に貢献することを中心に生活しており、働きバチはいかに獰猛であろうとも、けっして社会(巣)を離れて単独で生きていくことはできないのです。
スズメバチのヒトへの攻撃性は、あくまでも防衛のため!
巣の防衛のためには、自分よりも大型の動物に対してさえ、単独でもひるまずに攻撃を仕掛け、とても好戦的でかつ凶暴です。
ただしいつでもどこでも、何に対しても攻撃を仕掛けるわけではありません。
あくまでも巣と自分たちの権益(エサ場)を守ることだけに対して攻撃的になるので、巣から離れた場所や、エサ場以外で出くわしても、こちらから攻撃を仕掛けなければ、素通りしていくだけです。
スズメバチの巨大な巣
スズメバチは、カリバチから進化したと考えられていますが、ミツバチとともに最も社会性を発達させた昆虫(ハチ類)だともいえます。
海外の特に熱帯地方のスズメバチでは、冬期に働きバチが死滅するということがないので、一年を通じて活動が継続します。
女王バチが生きている限り巣は存続しますので、巣は経年的に拡大をしていき、ときには数十万もの育房(育室)と数百万匹以上の働きバチが存在する巨大なものになることもあります。
スズメバチの社会はメスが仕切っている!
働きバチはすべてメスで、基本的には一匹の女王バチが産んだ姉妹バチになります。
ただし熱帯地方の巨大なスズメバチの巣では、女王バチが複数存在することがあります。
巣にはオスバチも存在しますが、アシナガバチと異なり一切働かない存在です。
働きバチはメスですので生殖能力がないわけではありませんが、女王バチが存在する場合には、それが出すフェロモンによってその能力を抑えられていると考えられています。
女王バチが死亡した場合には、働きバチが産卵することがありますが、無性生殖のため生れてくるのはすべてオスバチですから、巣の維持にはまったく役に立ちません。
結局女王バチを失った巣は、廃絶への道を辿ることになってしまうのです。
スズメバチは、狩りはすれども、捕食者ではない!!
スズメバチは、カマキリやオニヤンマなどと同等あるいはそれ以上の攻撃性を示して狩りをおこないます。
強力な毒針と巨大な大アゴを持ちそれを頻繁かつ有効に使うことから、成虫そのものが凶暴なプレデタ―(捕食者)であり、捕らえた獲物を頭からバリバリ食いつくす獰猛な肉食性の昆虫だと思われがちです。
ところがその食性は、まったく違うのです!!
スズメバチは幼虫から食餌をもらっている!
スズメバチの成虫のエサは、その幼虫(おもに終齢)の唾液腺から分泌される栄養液です。
花の蜜や樹液に集まり、それを摂取する場合もありますが、主な栄養源は幼虫から口移しにいただくのです。
この栄養液には、成虫のエネルギー源となる糖分や水溶性のタンパク質(アミノ酸)が大量に含まれており、ヒトの母乳の組成に近いものでもあり、イメージとしては、マラソンランナーが競技中に補給する高カロリーのスペシャルドリンクのようなものです。
これを摂取することで、1日に最大で100キロもの移動を可能とし、朝から晩まで休むことなく働き続ける過酷な活動を支えているのです。
某メーカーのスポーツドリンクは、この栄養液の成分に着目して、それを解析して開発されたものです。
スズメバチの幼虫は完全な肉食!!
スズメバチの成虫は、幼虫の世話をし、エサを与える代償として、この栄養液を幼虫から口移しで受け取ります。
これに対し、スズメバチの幼虫は完全な肉食です。ただし自分で巣内を移動したり、狩りをする能力は一切ありませんので、成虫が与えるエサを好き嫌いなく何でも食べているだけと言ってもよいでしょう。
成虫は捕獲した昆虫や小動物をその大アゴでかみ砕いて、肉団子を作ります。
これは幼虫が食べやすく加工してあげるという意味と、大きな獲物の場合は一度に運びきれないので、持ち運びしやすく小分けにするという意味もあります。
また花の蜜や、動物の体液などの液状の食料は、素嚢(そのう)と呼ばれる、消化管の一部が袋状になった部分にため込みます。
リスの「ほお袋」のようなものです。
そのまま巣に持ち帰り、幼虫に直接口移しで液状のエサを与えることもあるのです。
スズメバチは相互依存の関係
このように、スズメバチの社会(アシナガバチも同様)では、幼虫は働きバチ(成虫)がいなければエサを得ることができずに死んでしまいますが、働きバチ(成虫)もまた幼虫がいなければ栄養が得られず、十分な働きができないという、相互依存の関係なのです。
スズメバチの死角は背中だけ!
このことはスズメバチの体型とも関連しています。
スズメバチの襲撃シーンなどを見ると、これでもかというくらい、何度も何度も相手に対して尾部にある毒針を刺しまくり、執拗に攻撃をしています。
スズメバチの持つ毒針は強靭であり、針は平滑なので、何度でも抜き差しが可能なのです。
それと相まって、狙った方向に自由自在に針先の照準を合わせています。
スズメバチの死角は、背中の真上方向以外にはありません。
シオヤアブなどはここをピンポイントで狙ってスズメバチに襲いかかりますが、うまく背中を捕えて抑え込まないと、逆襲され毒針を刺されてしまうのです。
スズメバチの毒針は自由自在に動かせる!
たとえば、サソリのように尾部が長く、細かな体節に分かれていれば、広範囲に自在に動かすことができますので、外敵に狙いを付けて、的確な位置に毒針を刺すことができます。
スズメバチを始め、毒針を持ったハチは、針のある腹部を自由自在に動かすために、胸と腹の体節間が非常に細く、くびれた構造なっているのです。
ですから、腹部の可動範囲が非常に広く、かなり自由に動かせるのです。
ただし正確に言いますと、実はこのくびれは胸部と腹部の境界ではありません。
腹部の第一節と第二節の間がくびれているのです。腹部の第一節は前伸腹節といい、前方の胸部と癒合しています。
ですからこのくびれの部分から下は「膨腹部」と呼ばれており、厳密には腹部の第二節以下の六節を指しています。
せっかくの獲物を捕食できない!
本来は毒針を自由に動かすためのこの胸腹部のくびれ構造には、じつはスズメバチの生活上、重大な欠点があります。
細くくびれた体節間のおかげで、胸部から腹部につながる食道(消化管)は非常に細くなっており、固形物を飲み込むと詰まってしまうのです。
つまり人間でいえば流動食しか摂取できない構造なのです。
ですからせっかく狩りをして美味しそうな獲物を捕えたとしても、自らそれを食べることができません。
スズメバチの天敵!!
スズメバチは多くの昆虫からその天敵とされて恐れられる存在ですが、逆に他の動物から狙われ、捕食されることも多々あります。
成虫の天敵としては、鳥類を始め、肉食性の哺乳類、トカゲなどの爬虫類が挙げられますが、猛禽類やクマなどの大型の哺乳類はスズメバチの幼虫を食べるためにその巣を狙うのです。
もちろん人間もスズメバチにとっては巣を狙う天敵にほかなりません。
またクモ類、カマキリやオニヤンマ、シオヤアブなどの昆虫もスズメバチの成虫を狙うことがありますが、逆にスズメバチの餌食になることもあります。
スズメバチがチョウに追い払われる!!
また捕食という関係ではありませんが、スズメバチが追い立てられて、一方的に排除されることがあります。
スズメバチが特に好むクヌギなどの樹液が噴出するエサ場では、それを狙って多くの昆虫類が集まります。
夏の時期、良好なエサ場はカブトムシやクワガタムシなどの大型の甲虫類が占拠しており、うっかり近付くとこれらに追い出されることがよくあります。
また、オオムラサキというチョウも、クヌギなどの樹液を好みますので、それを求めてカブトムシなどが集まるエサ場にやってきます。
カブトムシなどは夜間に集まることが多いのですが、チョウは昼行性ですので、昼の時間帯にエサ場に現れて、スズメバチとかち合うことがよくあるのです。
オオムラサキのオスはナワバリ意識が強く、大変気性が荒いので、スズメバチを見つけるとその翅をばたつかせて追い払ってしまうのです。
さすがのスズメバチも、この攻撃には退散せざるを得ないようです。
日本の国蝶オオムラサキ
オオムラサキは、翅を拡げると10センチ以上にもなる大型のタテハチョウ科の蝶です。
メスの方がさらに一回り大きいのですが、こげ茶色をしていますので、名前のように青紫色を身にまとったオスの姿の方が美しいのです。
日本全土、朝鮮半島、中国、台湾にもいますが、日本で発見され、登録されており、日本の「国蝶」にも指定されています。
ただしこの国蝶指定というのは、法律や条例で定められているわけではなく、1956年にオオムラサキの図案が75円切手にされたことを受けて、日本昆虫学会が翌1957年にその総会で定めたものです。
スズメバチに寄生するムシたち
その他、カギバラバチ科のハチは、卵を葉に産みつけてそれをガの幼虫に食べさせます。
ガの体内で孵化した幼虫はそのまま潜み、ガの幼虫がスズメバチに捕獲されて巣に持ち帰られるのを待ちます。
こうすることで、ようやくスズメバチの幼虫に寄生するという、ずいぶん遠まわりな方法を取ります。
ベッコウハナアブの幼虫は、スズメバチの巣の下部から巣内に侵入します。
実は閉鎖的なスズメバチの巣では、下部はゴミ捨て場のようになっており、ここに成虫や幼虫の死がいが多数あるのです。
それを食べて成長したベッコウハナアブの幼虫は、巣の衰退期になると徐々に上部に移動して行き、やがて生きたスズメバチの幼虫を次々と捕食していくのです。
女王バチも冬眠中に補食される!!
新女王バチは、交尾を終えると来春の活躍を控えて朽ち木の中などで冬眠します。
冬眠中は活動を停止しており、無防備ですから、この時期に狙われることがあるのです。
ひっくり返すとバチンと音を立てて飛びあがることで有名なコメツキムシという昆虫がいます。甲虫目コメツキムシ科に属しますが、その幼虫は、朽ち木の内部で生活していますので、しばしば冬眠中のスズメバチ(新女王バチ)を見つけて、捕食してしまいます。
スズメバチの天敵はスズメバチ!!
スズメバチの天敵は実はスズメバチであったりすることもあります。
チャイロスズメバチの新女王バチは、まだ初期段階で働きバチのいないキイロスズメバチやモンスズメバチの巣に狙いをつけて、その女王バチを殺してしまいます。
そしてそのまま巣に居座り、巣ごと乗っ取ってしまうのです。
しかも殺した女王バチの子(キイロスズメバチなど)を働きバチにして、そのまま巣の経営を引き継いで行くのですから、驚きの行動といえるのです。
巣で生まれた働きバチたちにとっては、いわば「親のカタキ」にこき使われてしまうわけです。
そして「親のカタキの子」たちの世話をさせられるのですから、悲し過ぎます・・
このような一連の乗っ取り行動を「社会寄生」といいます。
他のハチの巣を荒らすオオスズメバチ
アシナガバチにとって、巣を荒らして、せっかく育てた幼虫を連れ去って捕食してしまう最大の天敵は、スズメバチなのです。
同じように小型のスズメバチにとって、厄介なのは同属の大型のスズメバチということになります。
特にオオスズメバチは、秋の繁忙期に積極的に他のスズメバチやアシナガバチ、ミツバチなどの巣を攻撃します。
もちろん逆襲されるリスクは高いのですが、その分オオスズメバチにとっては「おいしい獲物」であることに違いありません。