カイガラムシは実に不思議な生き物です。
昆虫らしくないカイガラムシ
一見、木にこびりついている米粒のような、あるときは白い粉をまとったような、へんてこな生き物なのですが、実はれっきとした昆虫なのです。
しかもカメムシの仲間で、ヨコバイの一種だというからおどろきです。
つまり昆虫の定義である脚が6本、翅が4枚、頭・胸・腹の3つに分かれるという条件を満たしている(?)のです。
カイガラムシは世界で7300種ほどが知られており、熱帯や亜熱帯地方に特に多いと言えますが、植物があるところならばどこにでも存在するというほど、広範囲に分布しています。
日本国内でも、ハマカイガラムシ科、ワタフキカイガラムシ科、コナカイガラムシ科、カタカイガラムシ科、マルカイガラムシ科などに分けられ400種ほどが確認されていますが、種類が多すぎるため、正確な分類は進んでいないようです。
カイガラムシは一生動けない?
昆虫と言いながらも、その生態はきわめて特異的です。
木にへばりついたまま(これを固着と言います)、細い口吻を植物の組織内に刺します。
そして篩管という植物にとっては血管のような役割を果たす脈管に達すると、そこから樹液を吸うのです。
成虫は一度固着すると動くことはほとんどなく、場合によっては脚を失い移動することができなくなる種もいます。
じっと一カ所にとどまったままですので、とても昆虫とは思えないのです。
カイガラムシが持つ口吻とは、カメムシ目のすべての昆虫に備わっているストロー状の口のことです。
カメムシやセミを始め、アメンボやタガメなどの水生昆虫もこの尖った口を持っており、植物食性のものは樹液や蜜を、肉食性のものは他の生き物の血を吸ったり、消化液を流し込んで溶けた肉を吸うのです。
農薬が効かない害虫 カイガラムシ
カイガラムシは体長2~3ミリほどで、大きいものでも1センチほどの小さな昆虫です。
特に果樹などにびっしりと集団で張り付いていますので、その姿を見ると鳥肌が立つような感じがします。
ですから不快害虫としても扱われますが、果樹農家などにとっては深刻な被害をもたらす農業害虫として、忌み嫌われています。
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カイガラムシは風に乗って長距離を移動する
カイガラムシは、熱帯地方ならば一年中活動していますが、国内では冬は休眠しており、春になると活動を始め、夏場にかけて増殖していきます。
オスメスのいる種もいますが、まだオスが発見されておらず、メスのみでの単為生殖をする種もいます。
こういう種が、たった一匹でも風に飛ばされてどこかの植物に着地することができれば、そこで増殖を始めることが可能なのです。
また、カイガラムシは、条件が揃うと大繁殖することもあります。
カイガラムシの一生
この不思議に満ちたカイガラムシの一生をみていきましょう。
カイガラムシの幼虫には成虫の体内で育つものもいる
カイガラムシの卵は、クモのように、綿のような卵嚢という袋に包まれているものも多く見られますが、成虫の体内で育つものもいます。
卵はすぐに孵化したり、成虫の身体の中で発育し、ある程度の大きさになってから這い出してくる種もいます。
幼虫の多くは小判型をしており、飾りのついたお菓子のように見えるものもいます。
またクモの糸のような綿状の分泌物を噴出し、その中で過ごす種もいます。
この時期に脱皮を繰り返して成長していきますが、カイガラムシの幼虫は脱皮してもそれを食べてしまったり、捨ててしまうことなく、そのまま身に着けてしまいます。
カイガラムシはオスだけが蛹になる
カイガラムシではオスのみが蛹になります。
前蛹と呼ばれる期間になると触角と生殖器が見られ、さらに翅の元が出現します。
メスは蛹にならず、成虫になっても翅がありません。
そもそもカイガラムシのメスはほとんど自力で移動することができないのです。
マルカイガラムシのメスは、ほんの数時間で脚が失われてしまいますので、すぐにでも固着する植物に移動しなければなりません。
コナカイガラムシなどの種では脚は一生残りますので移動は可能ですが、実際にはほとんど移動することはありません。
オスだけはメスを探すために飛翔する
カイガラムシのオスは、ガガンボやハエのように後翅が退化しているため、前側に2枚だけ翅があります。
この翅で飛び回り、メスを見つけて交尾をするという昆虫らしい行動を取りますが、口吻は退化して摂食することはできず、寿命はきわめて短いのです。
従って私たちが認識しているカイガラムシとは、木にへばりついているメスのことだけで、オスはその周りを飛び交っている小さなコバエのような昆虫で、ほとんど気にもとめない存在に過ぎないのです。
カイガラムシのメスは深刻な農害をもたらす
さてこのカイガラムシの成虫(メス)は、農家や園芸家にとっては、果樹などの植物に被害をもたらす害虫として駆除の対象になっています。
これには直接的な被害と間接的な被害があるのです。
直接的な被害とは、カイガラムシは樹液を吸って生きているので、その固着した植物の生育を阻害させたり、果樹の発育を妨げたりという害のことです。
とくに一本の木に集中的に繁殖してしまうと、その植物自体を枯らしてしまうことにもつながります。
しかしカイガラムシ自体は前述したように、ほぼ移動することができませんから、固着した植物が枯れてしまうことは自分の首を絞めることにもなってしまいます。
カイガラムシは樹液を吸って甘露を出す
植物の樹液は、カブトムシやスズメバチなど多くの昆虫が好むように、炭水化物(糖分)が豊富にあります。
カイガラムシはこの栄養豊富な樹液を吸い、その名前の由来でもある貝殻状の外殻(虫体被覆物)を分泌して身を守ることに役立てているのです。
虫体被覆物は、樹液からの炭水化物が元になっています。
カイガラムシの体内に取り込まれた大量の炭水化物は、消化管に付随した「ろ過室」という腎臓様の器官でろ過されます。
そして、生命維持に不要な養分が体外に排出されることになります。
ろ過された栄養素は分解され、主に蝋(ワックス)として体外に分泌されます。
それが虫体被覆物となってカイガラムシの身体を覆うのです。
残りの糖分は、不要なものとして排泄されます。これは甘露と呼ばれています。
カイガラムシの甘露を通じてのアリとの共生
この排泄物(甘露)は、樹液をろ過した高濃度の糖分ですので、アリなどの生物にとっては天の恵みともいえる栄養源になります。
アリとカイガラムシとの共生は、実に2000万年前に遡れるほどの深いつながりだそうです。
つまりカイガラムシの繁殖しているところは、甘露が湧き出すように存在する栄養豊富な環境になっているということです。
ですからそこには、多くのムシが集まってくるばかりでなく細菌類も発生します。
カイガラムシが引き起こす間接的な害
特に「スス(煤)病」を引き起こす「スス病菌(糸状菌)」はカイガラムシと縁が深く、大発生することが多いのです。
スス病にかかった植物は、葉の表面がススがついたように灰色から黒に変わってしまい、美観を損ねるばかりでなく、光合成ができなくなることで栄養不良になり、発育が悪くなってしまいます。
これがカイガラムシによる間接的な被害です。
スス病は、サカキ(榊)、ツバキ(椿)などの庭木から、みかんやトマトなどの果実や野菜類、観葉植物など多くの植物に寄生して、被害を与えてしまいます。
つまりカイガラムシが固着している植物に対しては、カイガラムシ自体の駆除とともに、スス病などの被害に対しても対策を立てなければならないので、余計に厄介なのです。
カイガラムシの駆除方法は?
カイガラムシは、幼虫の間であれば殺虫剤などの薬品で死滅させることができますが、成虫になると硬い虫体被覆物に覆われてしまいますので、効果がありません。
歯ブラシなどを使い、一匹ずつ引き剥がしていかなければならないのです。
気の遠くなるような作業になります。
固着した植物から引き剥がされたカイガラムシは、植物の組織内に口吻を残してしまうので摂食ができず、死んでしまいます。
カイガラムシは人間にとって良い面も持っている
さて、これだけ害虫扱いされ、病気を蔓延させる厄介な存在であるカイガラムシなのですが、食用というわけではありませんが、実は多くのヒトはそれを口にしていますし、その虫体被覆物を身にまとったりしてきたのです。
つまり、カイガラムシは忌み嫌われる害虫としてだけ存在するのではなく、人類に有効利用されてきた有用な益虫でもあるのです。
しかもカイガラムシとヒトとのつながりは最近のことではありません。
はるか昔からその恩恵に浴してきたのです。
カイガラムシは蝋やワックスの原料
まず虫体被覆物ですが、その多くは蝋(ワックス)の原料として抽出・精製されてきました。
特にカタカイガラムシ科のイボタロウムシからは高級な白蝋が精製されますので、中国などでは大規模な養殖がおこなわれています。
この白蝋は、かつて会津蝋とも呼ばれ、煙の少ない高級なロウソクとして生産されましたので、国内でもこのカイガラムシを養殖していたことがあるほどです。
またラックカイガラムシ科の種からは、シェラック(ワックスの一種)が精製されます。
シェラックは黄褐色の塊としてカイガラムシから取り出され、それを精製すると無味無臭の透明な樹脂となります。
用途は多様で、塗料や接着剤を主として、木製家具などのつやを出すニスやワックスとして使われるほか、食料品にも使用されています。
食品にも使われているカイガラムシのワックス
レモンやオレンジなど柑橘類の表面に塗られたり、甘栗の鬼皮(外側の硬い皮)にも光沢材として使われています。
また医薬品の錠剤や粒状のチョコレートやガムなどのコーティングにも使われますので、私たちの体内にも取り込まれています。
漢方では、「紫草茸」と呼ばれる生薬して直接人体に使用されてきました。
またかつてのSPレコード、現在ではネイルアートの材料としても使われています。
染料としてのカイガラムシの利用
虫体そのものも利用されています。
最も著名なものとして、コチニールカイガラムシ科の種から抽出されるコチニール色素が挙げられます。
この種は臙脂虫とも呼ばれ、えんじ色(濃い紅色)の染料として、古くはアステカやインカなどの南米の古代文明でも使われていました。
衣類以外にも口紅などの化粧品に使われたり、食紅として食品添加物としても多用されています。
清涼飲料、菓子を始め、ピンク色のかまぼこ、紅しょうがなどにも使われています。
鮮やかな紅色で知られるリキュールの「カンパリ」も、コチニールで着色(2007年まで)されていました。
またタマカイガラムシ科の種から抽出されるカーミン(カーマイン)もローマ時代から利用されてきました。
カイガラムシは害虫だけど人の生活には欠かせない
わたしたちは一方でカイガラムシを害虫として扱いながら、もう一方では生活に有用な原料として利用してきたのです。
そして知らず知らずのうちに、カイガラムシ自体を口にもしていたということです。
近年では、そういったことに気を遣う菜食主義者や宗教上の理由から、カイガラムシを原料にした添加物を使用した食品を一切口にしない人たちもいます。
(投稿者:オニヤンマ)